合同会社lapis & rutile
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想 い


初めまして、合同会社lapis&rutileの木挽と申します。

32歳、現在は石川県に住んでいます。

ずっと人生って何だろうって考えていました。

生きるって何だろうと。

そしてこの世界とは何なんだろうかと。

あたりまえのように朝起きて、当たり前のように、時間は過ぎて、

そして眠る。

そうやって毎日が繰り返されているように錯覚する。

でも同じ時間なんて繰り返されていない。

人生に没入すると、生きていることを忘れる。

そして誰かが亡くなったとき、不可逆的な事象が発生したとき、


「あ、人生は有限なんだ」


と、強制的に俯瞰させられる。


幸せとは何なのか


幸せとは、個体のようで、液体のようで、気体のようなもの。

全ての人にとって姿形を変えるもの

ある時は、目の前にある「モノ・コト」を手に入れたと思ったがつかの間、


手からこぼれ落ちる水のように姿を変えて無くなってしまう。


あれ、今確かに幸せはここにあったのに、


刹那"それ"はもうそこには無い。


そして、はっきりとはわからない『幸せ』を追い求めて人はまた頑張る。
探し続ける。

かと思えば、”たしゃ”と比べることでいつだって幸せになれる。

100年前の日本
今も戦争中の国

比較するといつだって幸せになれる気がする。

今の日本ではおいしいものを食べられて、仕事も選ばなければたくさんあって、人とも割と簡単に出会える。

スマホ一つで様々なコンテンツにアクセスして楽しめる。

体が動く、歩くことができる、景色が見える、音が聞こえる、


『あ、今幸せなんだ』


いつだって僕たちは幸せなんだと思えるようになった。

でもそれは僕たちが恵まれた環境にいるからではないか。

今もなおこの世界で苦しんでいる人たちはどうだろうか。

それでも幸せを感じることができるのだろうか。


1杯の水で『幸せ』を感じることができるのだろうか?


私はこれまで日本中の企業様へのインタビューを、直近3ヶ月で100件ほど

トータルでは塾や教室も含めると1,200件以上のインタビューをしてきた。


そこでわかったのは、どこまでいっても人は人なんだということ。


もちろんIT・AIなどのテクノロジーで享受できる価値は計り知れない。

でも人はやっぱり人と会話をしたくて、

人と笑い合いたくて、

馬鹿みたいにお酒を飲んで、

愚痴をはいて、

様々な情念がうずまいて、苦しんで、楽しんで、

非合理の塊だけど、それが人間で。

結局はぬくもりが欲しくて、愛情が欲しくて、生きている。


そして生きていく。


全ての人に共通するのは形は違えど


『幸せになりたい』という普遍の本質


AIはもちろん弊社としても追い続けていくけれど、それはあくまでも手段で。


本質的な価値はどこにあるか


『時代がどこまで変わっても』人間が介在する価値はどこにあるのか。


そこを追い求めていく。


その先にはきっと過去から脈々と先人たちが紡いできた、


暖かさ
不確かな
不確実な情緒
情念


こういったものに僕たちは「ほっこりする」









あたたかいな








それが幸せなのだろうか。










その答えを探して。





                            合同会社lapis&rutile代表                                     木挽悠太